『弔い竜の花』





「エイト」

 日が沈まない――時間的にはもう深夜なのにも関わらず――不思議な場所で、エイトは一人で佇んでいた。
 皆が眠りにつくのと同時に一人で何処かへ行こうとしていた。気になって追いかけてみればどんどん里に続く道の方へ歩いていくではないか。さすがに放っておけなくて、此処まで来てしまった。
 初めてきた時は酷く長く感じたものだ。今ではそれも懐かしい。
 その時はまだこの墓の意味も刻まれた名の意味も知らなかった。今では心に痛いほど刻まれてしまった。多分、あいつの中では特に。
 手には一輪の小さな赤い花。足元には小さな古びた墓。
 エイトは、寂しそうにそれを見下ろしていた。
 返事は無かった。

「……エイト」

 もう一度呼んだ。今度はちゃんと反応した。
 悲しそうな顔を必死に歪ませて、笑顔と言う仮面を被ろうとしていた。
 努めて気に留めないようにした。もし触れてしまえば、その顔は一気に泣き顔になるだろう。

「それ、お供え?」

 花を指差すと、エイトは「ああ、これ?」と微苦笑した。

「此処に母さんと父さんが眠っているって分かったから」

「実感、無いんだけどね」と付け加えて、エイトは小さくしゃがみ込んだ。墓石の前に花を置くと、両手を合わせて瞳を閉じた。
 顔も知らぬ父と母。幼い頃の記憶すら残されなかった彼。
 エイトは、どんな気持ちで此処に来たのだろうか。
 どんな気持ちで墓前に手を合わせているのだろうか。
 どんな気持ちで死者を弔っているのだろうか。
 俺には分からない。多分、オディロ院長が亡くなった時と同じ気持ちかもしれない。でもそれは想像でしかなくて、俺はあいつの気持ちを十二分に理解する事は出来ない。
 俺はあいつになれないし、あいつも俺になれない。
 一つに交わる事は無い。
 だから俺は考える。想像する。
 あいつの深層にある心を。

「……僕、思うんだ。
 父さんと母さんは幸せだったのかなって」

 瞳をゆっくり開いて、エイトは呟いた。
 そんなもの、わざわざ俺が言わなくても。

「お前が此処にいるんだから、幸せだったんだと思うぞ」

 エイトははっとした顔でこちらを見上げた。手に持った花が風に揺れた。

「そう、だといいな」
「そうだよ」

 エイトは小さくしゃがみ込んで、墓前に花を供えた。両手を顔の前で組んで静かに瞳を閉じた。
 親を失った気持ちは俺も同じはずなのに。こんなにも違う境遇。
 幼すぎた己の過去。生き過ぎたエイトの今。
 俺達は似て非なるものだ。
 悔しいけれど、それが現実。
 祈りを終えてうっすらと瞳を開いたエイトは、一息吐いてこちらを見上げた。

「ありがとう、来てくれて」

 小さく笑って、エイトは立ち上がった。照れくさそうに頭の裏を掻きながら微笑んだ。

「本当は泣いちゃうんじゃないかってドキドキしてたんだ。
 一人で此処に立たなくて良かった」
「……まったく」

 俺が踵を返して帰ろうとすると、後ろから小走りでエイトが付いて来た。
 言葉を交わす事も無く、俺達は里へと続く道を歩いた。
 本当なら見えるであろう星空は此処に無く、本当ならかけるべきであろう言葉は見つからなかった。
 静寂が俺達の間を通り抜けていった。

「……僕は」

 里へ入ろうかという時に、エイトはぽつり呟いた。
 振り返ると、穏やかな瞳で俺を見上げていた。紅い、耳。それは人外のもの。それでも人の心を携えて、エイトは笑った。

「父さんと母さんのようにはならない。引き裂かれる運命なんて乗り越えて見せるよ。
 君となら、何処へだって行ける」





 本当はこの旅を終えたら、一人で何処かへ行ってしまおうと思っていた。
 でもエイトとなら――

 失った心の欠片を、見つける事が出来るかもしれない。
 儚い希望は持たないと決めたはずなのに。

「……たとえ俺が死んでも、お前は生き続けるんだろうな。
 お前の中に流れる竜の血が消えるまで、お前は生き続けるんだろうな。
 もし……俺が死んでも、俺の事を忘れないでいてくれ」

 それが俺への、最期の弔い。
 紅い花で俺を飾ってくれ。俺がお前を忘れないように。
 いつまでもお前を想っていられるように。





 さようなら、弔い竜。






エイトの中の竜神族の血が目覚めたという捏造その2
記憶の中に無い親を弔うエイトとククール
似ていると思うんですが、どうですか



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