『間に合わせの愛』





「愛情の裏返しにあるのは無関心なんだぜ」

 私の部屋に来たと思ったら、あいつは反省の言葉の前にそう言い放った。
 ドニの酒場で女をたぶらかせていた所を、他の団員に見つかって連れ戻されたのだ。そうなれば決まって私の所へ連れて来られると分かっているはずなのに、あいつはそれを止めようとしない。

「そんな事は聞いていない。何故そうやって此処を抜け出すのかと聞いているんだ」
「だから、無関心は愛していない事の表れだろ。だから俺はドニに行って女に声を掛けるんだよ。イコール愛しているって事。俺は愛する為にドニへ行っているんだ」
「軽々しく愛しているなど口にするな。特に貴様が言うと言葉に重みが無い」
「酷い言いようですね、騎士団長殿」

 ククールはおどけた表情で肩をすくめて見せた。こいつは私を怒らせる事に関しては他の者より長けていると思う。そんな才能求めてもいないが。

「とにかく、最近の貴様の行動には目に余るものがある。
 ……一週間の謹慎で済ませたいなら、もう少し自分を省みろ」
「そう言って一週間の謹慎で済んだ事は無いな。大抵、拷問室でキツーいおしおきが待っているんだろ」
「黙れ」
「また拷問室でいつものように鞭を振るったらどうだ? 俺が知らないとでも思ったのかよ。
 鞭を振るう時のあんたが、どんな顔をしているか」
「黙れ!」

 思わず声を張り上げて言うと、ククールはやれやれといった顔をしてからペコリと一礼した。すっと踵を返すと、私の制止を無視して部屋から出て行った。
 ふつふつと、胸の奥に湧き上がる感情を抑えるのに一苦労する。吐き出しようの無い醜い感情が私を支配する。

――いっその事、殺してしまおうか――?

 頭を振った。

 いよいよおかしくなってしまったらしい。これ程まで自分を愚かだと思った事は無い。私が手を汚す事は無い。わざわざ穢れる必要は無いのだ。
 ましてやあいつの為に。
 背もたれに深く身体を預け、暫く宙を見ていた。
 神がいるとするなら、とっくの昔に制裁を受けているだろう。
 私もあいつも。

「……つくづく罪深い生き物だな、ヒトというものは」

 私が望まれずに生まれた子と、誰が知ろうか。全知全能の神がこの世を支配しているのなら、生まれながらにして罪を背負った私が生きている理由は何だろうか。罪人は裁かれるものと決まっているのに。
 そんなもの、実は初めからまやかしだったのではないかとさえ思える。私が仕えるのは神の為ではない。私は自分自身の為に仕える。対象は自分ただ一人なのだ。
――私が愛し愛される対象もただ一人。けれどその人は随分昔にいなくなってしまった。だから私は誰も愛さない。誰も私を愛さない。
 それでいい。それで全てが仮初め色に染まっていけば、この世は随分生きやすい世界に変わるだろう。
 そこに愛があろうが無かろうが構わない。
 ゆるゆると椅子から立ち上がって、粗末なベッドに横になった。見上げる天井はいつまでも暗かった。
 時折考える。こうやっていつまで衝突するのかと。和解など考えた事も無いが、他の団員に悪影響を及ぼすようならば少し考えなければ――
 いや、止めよう。そうして私はいつもそこで思考を止める。安らぎの道は私を堕落させる。この世の頂点に立つまではそんなもの必要無い。
 必要無いものは早々に削除してしまうべきだ。そうでなければいつか障害となって私の前に立ちふさがる。
 だから私はあいつを殺そうと思ったのだろうか。取るに足らないと思っていながら、私はいつの日かあいつが障害になると感じているのだろうか。

――愛情の裏返しは無関心なんだぜ――

 まどろみの中、何故かその言葉だけが繰り返し頭の中に流れ続けた。










 そう、確かに私は。
 いつの日かあいつが私の障害になる事を感じていた。そうなるのがまるで運命だったかのように。
 あいつが剣を取り、私を殺そうとしている。私があいつを殺そうとしたように。
 これは――語る事の許されなかった私の――思い?

――愛情の裏返しは無関心――

 ああ、私は。
 いつまでもいつまでも。まとわりついて離れなかった、この感情は。
 私はあいつを――










 だからいつの日か再開した時。
 私は必ずお前を殺めるだろう。
 それが私の愛のしるしだ、ククール。






愛情の反対は憎しみと言いますが、どうやら無関心らしいと聞いた事がある
マルチェロがあそこまでククールに露骨な態度を取るのも愛情表現の一つだったりして
愛と憎しみは表裏一体だけど、対極にあるものじゃないんですよ



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